轟音、停電、携帯つながらず…まさかの孤立、食料はバナナのみ、身にしみた準備の大切さ

出発ロビーで体を休める人たち=5日午前、関西国際空港(嶋田知加子撮影)

おなかがペコペコ 頼みのコンビニは長蛇の列

台風21号の直撃を見越し、早めに到着した人の姿も目立った関西国際空港第1ターミナルビル。冠水で滑走路が閉ざされた4日昼には、行き所のない利用客でごった返し、関空島内のいずれの飲食店も満員だった。このときコンビニで購入したバナナが、まさか唯一の食料となるとは…。

午後2時ごろ、台風による被害状況を確認しようと保安区域の搭乗ゲート内へ向かうと、保安検査場で「ゴーッ」という轟(ごう)音(おん)が鳴り響き、その場でのけぞった。まるで地響きのようだった。

記者室で少し仕事をした後、再び第1ターミナルビルのロビーへ。このとき、2階で電気がついていたのは一部の店舗だけで、3階は完全に真っ暗。“頼みの綱”のコンビニには100メートル以上の長蛇の列ができていたが、午後8時半には閉店した。

日付が変わった午前2時ごろ、第1ターミナルはさらに蒸し暑くなっていた。うちわで仰ぎながら眉間にしわを寄せている人、地面に突っ伏して寝ている人…。あまりの暑さに、屋外で横になっている人の姿もあった。

ターミナルビルで体を休める人たち=5日午前、関西国際空港(嶋田知加子撮影)

午前5時半ごろ、神戸空港に向かう高速船乗り場に向かうバス乗り場へ。数百メートルの列が3重にも4重にもなっていた。慣れない場所で一夜を明かした疲れとほっとした様子が交錯する利用者の姿が印象的だった。

強烈な台風の直撃を前に、泊まり込みになるかもしれないと着替えを持って関空へ向かった。ただ滑走路が海になり、連絡橋は閉鎖され、約3千人の利用客が取り残されるなど、想像もしていなかった。災害は想定外。準備やシミュレーションの大切さが身にしみた。

男性職員「まずいな」

 横殴りの暴風雨の中、関西国際空港の第1ターミナル駐機場では、数え切れないほどのパネルの破片やペットボトルが舞った。搭乗ブリッジの先端では、鍵をかけていたはずのシャッターがバタバタと激しく揺れたかも思うと強風にあおられて飛んでいった。そばにいた男性職員が「まずいな」と一言。どんどん駐機場に水がたまっていく。とんでもないことが起きる、と実感した。

 社内に連絡しようとしたが、携帯電話はつながりにくくなっていた。撮った写真も送信できない。やがて携帯は全く役に立たなくなった。

 急いで記者室に戻る。渡り廊下から見える制限区域は完全に冠水し、足が止まった。乗用車だけでなく、空港の特殊車両もすでに水の中に沈んでいる。記者室前の駐車場は高級車も含む十数台が半分水没。ひたすら写真を撮影していた。

救助船乗り場に向かうバスに乗るため列を作る人たち=5日午前、関西国際空港(嶋田知加子撮影)

火災の一報を受け、ターミナルビル地下通路に集まった消防士ら=5日午前、関西国際空港(嶋田知加子撮影)
 夜になるにつれ、状況は悪化していった。停電、暑さに加え、ソファを確保できなかった人は地面で体を休めていた。コンビニや土産物店では、食料を求める人が殺到。ハンバーガーチェーンの店舗前では漏水も起きていた。不安そうに見つめる利用客ら。吹き出る汗にもわっとした空気が体にまとわりつき、思わず屋外へ。歩道で横になっている人もいた。韓国系空港会社のグランドスタッフは「お昼に帰れるはずが、交代要員も来ることができないので再び朝からお客さまの対応にあたります」と諦め顔だった。

 5日午前3時ごろには消防のサイレンが鳴り響いた。地下から煙が出ているとの一報で消防が出動した。とにかく眠らせてくれない。

 日が登ると、第2ターミナルビル前に止まっていたタクシーを見て足が止まった。リアガラスはすべて砕け散り、あんどんもない。運転手は「後ろタイヤが浮き上がり、ガラスが割れたのに気がつかんほどの強風」という中、連絡橋を渡ったという。「死ぬかと思った」とまだ緊張が解けない様子の運転手。とてつもない台風だったことを改めて実感した。

(嶋田知加子)

タンカー「宝運丸」が衝突した関空連絡橋=5日午前、関西国際空港(本社ヘリから、安元雄太撮影)

ターミナルビルで体を休める人たち=5日午前、関西国際空港(嶋田知加子撮影)